新芽がぼちぼち [ガーデン]
2月20日、残しておいた枯れ草を刈り、骨粉を播いた。
ホタルブクロ、フウチソウ、シダの新芽を見つける。昨年より2週間程度早い。
黄花カタクリだと思っていた球根はコシノコバイモのようだ。
冬、ススキやフウチソウなどの枯れ草をぼんやり眺めるのが結構好き。
枯れ草を刈ってしまい、春の芽が伸びてくる前のこの時期が一番さびしい。
その寂しさを新芽を見つけては紛らわしているのだ。
今年の新芽1号はたぶん黄花カタクリ [ガーデン]
枯れフウチソウ。こんなに枯れ姿が美しい草花はなかなかない。
花が終わった後のクサヤツデ。種を飛ばそうとしている。
同じく花後のツワブキ。
2月13日、黄花カタクリと思われる新芽を発見。昨年はイワシャジンが第一号で、同じ球根の仲間では2月27日にコシノコバイモが新芽を出している。今年はかなり寒い年なのだろうけど、意外にも新芽が出るの昨年より2週間早かった。
道は続く、歩みは止めない [ガーデン]
ご無沙汰していました。
年末にかけて、仕事面では人間の欲について考えさせられるような重たい案件を抱えていて、これがまた片付かないまま年を越してしまい、今日に至っています。
そしてまた自分自身の進むべき道についても、定まっているような、いないようなフワフワした感じだったのですが、こっちについてはひとまず、道筋をつけました。
欲に捕らわれることの恐ろしさ、愚かさ。人間の持つこの悲しい性(さが)とこれからも付き合っていかなければならない、それが社会の中で生きていくことと分かりつつも、できることならそれを避けたいと思っている自分。
ま、がんばろ。
昨年の12月上旬の写真。クサヤツデの花。
ツワブキも咲いた。
今年も初詣では流山市の円東寺。
短い秋を楽しむ [ガーデン]
たくさんの花を咲かせてくれたリンドウ。夜は花を閉じ、朝になると再び花が開いている。花持ちは長め。
アキチョウジも次々に。花持ちは短く、咲き終わるとポトリと落ちる。
色づき始めたハゼの木。我が家で唯一の、いわゆる盆栽。
秋と言えば、やはりススキとフウチソウ。
春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり(道元禅師)
イワシャジン、アキチョウジ、レンゲ草 [ガーデン]
日焼けしてしまった葉が痛々しいイワシャジン。それでもなんとか花をつけてくれた。花数は5、6個くらい。
これから花を咲かせつつあるアキチョウジ。思ったより花芽が多そうで、楽しみ。
10月10日に種をまいたレンゲ草。エンレイソウ、レンゲショウマ、アマドコロ、チゴユリを植えた鉢に種を播いた。
これはエンレイソウの鉢で、エンレイソウの枯草が見える。
エンレイソウとレンゲショウマはたくさんの肥料を必要とする植物。一方、レンゲ草はそれ自体が肥料となる植物。これが肥培(もっとも化学肥料も併用することにはなるが)。栄養分の循環という点で相性はよいはず。
また、エンレイソウやレンゲショウマが眠りにつくころ、レンゲ草は芽を出す。翌年の春にレンゲ草は花を咲かせ、種を落として命をつないだころ、エンレイソウやレンゲショウマが目を覚ます。ゆえに活動のサイクルという点でも相性はバッチリ。のはず。
さて結果は・・・
猛暑の後で [ガーデン]
例の奉納する文化イベントの抽選はハズレだったため、この3連休は家で庭を楽しむ。
そこでこの2010年の夏の猛暑の後の庭に触れる。
人にも草花にも自分に合った環境というものがある。
乾燥を嫌う植物、強風を嫌がる植物、日陰で水分を好む植物、水分は好むけど水はけが良くないとダメな植物などなど。
だから、たとえその草花の容姿などを気に入ったからといって、例えば日陰が好きな草花を強い日差しのもとに置けば葉が焼けてしまい、いずれは枯れてしまう。
それは植物たちにとって辛いことだし、それを見てる方にも辛いことだ。
さらに言うなれば、そうした行いは人間のエゴであり、欲だと思う。
そう言い聞かせてマンションのバルコニーでも元気に育ってくれそうな草花を集めてきたつもりなのだが・・・なかなかうまくいかないこともあり、ましてやこの夏の猛暑は人も植物も本当に大変だった。
この夏を終えて、残念ながらエビネが枯れてしまった。
レンゲショウマ、エンレイソウ、チゴユリは花を咲かせずに眠りについた。だが掘り返してみたら株はしっかりしているから大丈夫。来年会おう。
イワシャジンもかなり傷んだ。葉がよく茂っていたころに比べて4分の3くらいは枯れてしまった。それでもなんとか、小さいけど花の蕾を5,6個見つけることができた。
アキチョウジも葉焼けが痛々しいのだが、花芽を見つけた。だがまだ小さい。昨年は台風の影響で花を見ることができなかった。今年は咲くだろうか。
クサヤツデは花芽が元気に伸びている。ただし若干、葉焼けが目立つ。
アポイキキョウ、ホタルブクロ、リンドウなどはこの猛暑でも痛みはほとんど見られない。キキョウ科の植物は暑さに強いのかも知れない。
予想以上に暑さに強かったのはシダ類。日差しが強い場所では葉焼けが見られるものの、今でもよく茂っている。
リンドウが咲き始めた。蕾の数も多く、楽しみ。
小諸へ行く④
正面玄関。この建物は平成に入ってからの建築であろうと思われる。
正面玄関から”大正館”へと続く道。創業当初はここが正面玄関だったようだ。
2日目は小諸市観光協会が作成していると思われるガイドブックを参考に、”御牧ヶ原 丘と森のコース”を歩く。
コースの出発地とした”茶房 読書の森”。ここの駐車場に車を置かせてもらう。一言あいさつしておこうと思い店内に入り店の主人と奥さんと歓談する。この御牧ヶ原の散策コースはこちらの主人たちが作成したようだ。
こちらの主人の自家製の”ストロベリーハウス”。そう、自家製だ。
なんだかんだと小1時間ほど過ごし、てくてく歩きへ出発する。
コースはガイドブックによると1周3.7キロ、所要時間は約90分とある。だが、この御牧ヶ原は複数の台地から構成されていて、アップダウンは結構ある。少なくとも運動可能なスニーカーなどは用意したほうがよい。休憩を入れながら約2時間でまわる。
御牧ヶ原の台地から。ちょうど稲刈りが始まったところだ。ところどころ天日干しが見られる。
今の都市部では、人工的な建造物の合間に人工的に緑が”配置”される。ここでは自然の緑の中に人工的な建造物がある。これが決定的な差だ。幸か不幸か逆転してしまったのだ。だから都市にどんなに大きな公園をつくろうとも、どんなに大きな庭をこしらえようとも、その差を埋めることは、本質的にはできない。開発というの名のもとに自然を壊すときは、たとえそれが大自然には程遠い小さな自然であったとしても、そのことの意味を、その怖さを考えて決めないといけない。それを怠ると結局は誰もハッピーにならない。
一方、逆転したものを元に戻すことはできなくっても、都市の中に緑を設ける努力は、やめるわけにはいかないんだけどね。
小諸へ行く③
懐古園を出て、小諸駅の下を通るトンネルをくぐると現れる”停車場ガーデン”。12時頃の昼時だったのでここで昼食をとる。ランチはメイン+サラダ+ドリンクで700円から800円くらい。スーツ姿のサラリーマンや地元の人と思われる人達の姿もあった。地元民が利用する店にはまず間違いはない。
テーブルに活けられたキク科の花に花粉を採りに来たミツバチ。のどかです。
昼食後は旧北国街道へ。
メインストリートとなる商家の町並み。
もともとは旅館であった” つたや”。現在は骨董屋として営業している。と言っても商売っ気はないようだが。
すぐ近くの骨董屋。理由は不明だが骨董屋が多い。
山兼酒造。
小諸宿本陣主屋。外観から想像するに相当な力の入った建築物であろうと思われるが、いずれも内部は非公開。残念。
途中、脇道にそれて中沢川に沿った”せせらぎの散歩道”を歩く。
④へ。
長野県小諸へ行く② [建築]
小山敬三美術館のすぐ近くに、同氏がアトリエ兼住居として使用していた建物があり公開されている。もともとは神奈川県茅ケ崎市に1929年に建築された建物を、1987年に同氏が亡くなられた後、小諸に移築した、とある。
建物の全体像。外壁を改修中だった。
玄関付近。残念ながら、ここも中は撮影禁止。
外観は、たしかに戦前の建築としては趣向を凝らしていると言えるかもしれないけど、今日の建築物としてはそれほど目を引くようなデザインではない。
だが中の造りは凝った意匠が満載だ。総じて言えば、あら組の障子(縦の桟がなく横の桟だけが入った障子)などの近代数寄屋と洋館が混ざり合った感じ。でもベースは洋館の造りっぽい、みたいな。
これらの意匠の多くは同氏が自らデザインしたとの話しが伝わっている。そうした画家の美意識に応えた建具職人はさぞかし楽しかったろう。また意外なことに設計者の名前は不明。
建築費用は今の価値に換算して坪200から250万だな、などとブツブツ言いながら懐古園を後にする。③へ。
長野県小諸へ行く① [建築]
1泊2日で小諸へ行く。今回もまた旅のスタイルは”てくてく歩き” 。1日目は小諸城址の懐古園を一通り散策し、特に注目していた小山敬三美術館へ。その後、懐古園を出て旧北国街道をてくてく歩いて再び懐古園へ戻る。中棚荘で1泊し、2日目は御牧ヶ原を歩く。
懐古園の展望台より。
小山敬三美術館へと続く道。
美術館の入り口。村野藤吾の設計により、1975年築とある。絵のほうは、絵心の乏しい自分にはなかなか難しい。お目当ては美術館そのもの。建物のデザインや配色は人工的で、自然界に存在するものとかけ離れてるように思えるのだが、これが不思議と周囲の森に調和している。森と建物の境界の自然さが、この調和をもたらしていると感じた。
館内は撮影禁止。内装も外観と同じく白を基調としたもの。内壁がクロス貼りだが、フェルト?のような繊維を織り込んでいて、クロスだけど安っぽさはない。
中庭。
おそらく北側にあたる窓。
こんな感じだったら、白い家もいいな、などと妄想しつつ美術館を後にする。②へ。